pawapuro
超新人さん

 八重山商工には感動した!
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Re: 沖縄尚学エース比嘉公也物語
« 返答 #1 投稿日: 2006ソスN 4月4ソスソス ソス゚前 10ソスソス35ソスソス » |
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沖縄尚学 200100200012 8 PL学園 010100300010 6 この試合に先発したエース比嘉公也は遠投100メートル、 175センチ、62キロという”沖縄の星野伸之”という イメージのきゃしゃな体から、度胸一番の速球勝負。 それにカーブも冴えた。左打者の外角低めにズバズバと 投げ、おもしろいほど内野ゴロの山を築いた。 「初めて1試合で200球以上の球を投げました。 そして勝ちました。これは一生忘れられません。」 ・・・比嘉公也は淡々と投げた。 そこにはもはや沖縄野球のハイレベルな余裕さえ感じられる。 「マウンドで自分を見失なわなかったのがよかったです。 実は比嘉公也は左ヒジ痛に悩まされていた。 同時に2回戦の浜田高戦で右足首捻挫の痛みもぶり返してる。 それをおくびにもだせずにPL打線相手に15長短打をあび ながら212球を”粘投”した。 「嬉しい・・・・・」比嘉公也はそういって試合後、 金城監督の知人の病院のある名古屋へ向かった。 次の日、決勝のマウンドに比嘉公也の姿はなかった。 チームをここまでひっぱってきてフィニッシュの晴れ舞台に 背を向ける悲運・・・・。 決勝の対水戸商戦は「恐れず、侮らず、気負わず」という 建学の精神の通り2番手・照屋正悟がマウンドをつとめて、 7対2で完投した。 5回、ブルペンでもいいからと「投げたがる」比嘉公也の 気持ち、せれをおしとどめた金城監督に気持ち。 「夏がある・・・」その夏に都城戦に先発した比嘉公也の 左ヒジは泣いていた。 そして彼は力尽きる。 号泣・・・沖縄に夢を運び、悲運に泣いた紅顔の 美少年は真夏のコバルト・ブルーの海に花として・・・ 花として散った・・・・。
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